股関節の外転筋は、骨盤を安定させるための大切な筋肉である。
股関節症の場合、この外転筋の機能不全が生じ、結果として歩く際に骨盤が安定しなくなり、代償的に体が横にブレるようになる。
その際、一般的に多く行われるのがこの外転筋トレーニング。
横向きの状態で、脚を下から上に持ち上げる運動方法である。
さて、この運動方法は股関節症の外転筋力に対して効果的なものであろうか?
効果的というのは歩く際の外転筋の機能に即した練習なのだろうか?ということである。
答えは「No」となる。
この理由について今回は述べていきたい。
まず、いわゆる外転筋というのは、主に中殿筋のことであり、これに大殿筋、大腿筋膜張筋を含む。
筋肉の線維は、主に2つに分類される。
「速筋」と「遅筋」である。
速筋は、収縮力が強いが、持久力が弱い。
反対に遅筋は、収縮力が弱く、持久力が強い。
この速筋と遅筋の構成比率がその筋の質を決めることになる。
では、外転筋の主である中殿筋の比率はどうであろうか?
筋の組織学的研究により、健常者の中殿筋は、速筋が33.5%、遅筋が66.5%と示されている。
これに対して、股関節症の場合は、速筋が25.6%、遅筋が74.4%と報告されている(Sirca A, 1980)。
つまり、股関節症では、速筋の割合が有意に減少することが示唆されている。
速筋の割合の低下は、中殿筋の瞬発性の低下を意味する。
では、この速筋の割合の低下は、歩く際にどのように影響しているのだろうか?
これも筋電図学的研究により明らかになっている。
外転筋が機能すべきところは、歩く際に踵を着いてから約0.12秒間(上図のInitial contact〜Loading response)のところである。
ここで外転筋が骨盤を水平(本来は対側に数度下方傾斜)に保つように機能する。
この時期の中殿筋から抽出した筋電図を周波数解析すると、速筋がこの役割を担っていることがわかった(Katoh H, 2009)。
さらに、股関節症の場合は、この速筋の割合の低下と骨盤の不安定性に相関関係が示されており、速筋の低下が体が横にブレる歩き方の要因と示唆されている(Katoh H, 2004)。
以上から、体が横にブレる歩き方を改善するKey wordは「速筋の強化」と言うことになる。
話は戻るが、最初に示した外転筋トレーニングでは、筋の量は増やせるが、質を改善することは出来ない。
つまり、速筋の強化にはならない。
何故なら、速筋は遠心性収縮という収縮方法により作用するものであり、上記のような下から脚を持ち上げるような求心性収縮では強化されにくいのである。
では、どのようにすると効率的に外転筋の速筋を鍛えられるのか?
同じ外転筋トレーニングでもこの下の写真ように持ち上げた脚を下ろす際に「ゆっくり」下ろすことが遠心性収縮を引き出し、さらに、「床に着けない」で保持することが重要となる。
細かいことを言えば、脚を持ち上げる角度は20度を超えないようにして、ゆっくり下ろしながら、最も中殿筋の速筋が働く0度〜-10度の位置をkeepするように意識して行ってほしい。
正しい方法で、効果的に。
股関節リハビリシリーズ
股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント
股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点
股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由
股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方
股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か
股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2)
股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント
股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント
股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法
股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度
股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法
股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展
股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ
股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法
股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント
股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)
股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨
股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)
股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ
「説明がわからない」「これが知りたい」などのご意見はTwitterまでご気軽にご連絡ください。