リハビリmemo

理学療法士・トレーナーによる筋トレやダイエットについての最新の研究報告を紹介するブログ

歩行速度で転倒リスクを予測しよう


スポンサーリンク

 

信号が点滅するまでに横断歩道を渡り終えない夫を見て妻は思いました。

「夫の余命もあと10年程度か…」

歩行速度で余命を予測しよう

 

また、こうも思いました。

「家の中を片付けないとね」

「あと、行ったことのない場所に出かけるときは転倒に注意してもらおう」

f:id:takumasa39:20160124122743p:plain

 

 歩行速度で転倒を予測できるのでしょうか?

 

 このテーマに関する研究報告は数多くあります。しかし、いまだに議論の答えがでていません。歩行速度が遅くなると転倒しやすいという報告(Dargent-Molina P, 1996)もあれば、歩行速度と転倒は関係ないという報告(Kelsey JL, 2005)もあるのです。

 

 歩行速度と転倒リスクの関係は、歩行速度が遅くなると転倒リスクが高まるという線形関係にあると言われています。しかし、歩行速度が遅くても転倒しないケースもあり、逆に速くても転倒するケースがあるという知見から、歩行速度の低下と転倒リスクの増加という線形関係には疑問がもたれ、議論が続いているのです。

 

 今回は、この議論のひとつの答えになる報告を紹介しながら、歩行速度と転倒との関係性について考察してみましょう。



 2011年、米国老年研究所のQuachらは、歩行速度と転倒リスクの関係は線形ではなく、非線形であるという報告をしています(Quach L, 2011)。

 

 彼女らは、地域在住の高齢者763名を対象に、18ヶ月間、歩行速度と転倒について調査しました。歩行速度は4mの快適歩行速度で計測され、対象者を歩行速度が遅い(<0.6m/s)、やや遅い(0.6<1.0m/s)、普通(1.0<1.3m/s)、速い(≧1.3m/s)の4つのグループに分類しました。

f:id:takumasa39:20160124123441p:plain

*Fig.1:Quach L, 2011より引用改変

 

 18ヶ月間のフォローアップを行った結果、意外なことがわかりました。歩行速度の遅いグループと速いグループでは普通のグループに比べて転倒リスクが高かったのです。

 この結果から、Quachらは歩行速度と転倒リスクは線形ではなく、非線形(U字型)の関係にあると結論づけました。つまり、歩行速度が遅い場合だけではなく、速い場合でも転倒リスクは高まるということを明らかにしたのです。

f:id:takumasa39:20160124125643p:plain

*Fig.2:歩行速度と転倒リスクの関係(筆者作成)

 

 それでは、なぜ歩行速度が遅くても速くても転倒リスクが高まるのでしょうか?

 

 Quachらは、転倒の生じている場所に注目しました。転倒場所を屋内と屋外にわけて歩行速度のグループ別に解析を行ってみると、歩行速度の遅いグループは屋内での転倒が多く、速いグループは屋外での転倒が多かったのです。

f:id:takumasa39:20160124125728p:plain

*Fig.3:Quach L, 2011より引用改変

 

 その理由として、歩行速度が遅いものは身体機能が低下しており、屋内での生活が長くなるため屋内での転倒が多くなり、歩行速度が速いものは外出する機会が多く、慣れていない環境下で自分の身体機能を過信した結果、転倒するのだろうと推測しています。

 

 さらに、1年間での歩行速度の低下と転倒リスクの関係を見ると、どの歩行速度のグループにおいても1年間に0.15m/s以上の歩行速度の低下が認められた場合、転倒リスクが高まることがわかりました。

 

 Quachらの報告をまとめてみましょう。

・歩行速度と転倒リスクの関係は線形ではなく非線形(U字型)である。

・歩行速度の遅いものは屋内で、歩行速度が速いものは屋外での転倒リスクが高まる。

・歩行速度が遅くても速くても1年間で歩行速度が0.15m/s低下すると転倒リスクが高まる。

 

 歩行速度で転倒を予測できるのだろうか?という議論に対して、歩行速度と転倒リスクは線形でなく非線形の関係であり、線形関係で議論していても答えがでないということをQuachらは教えてくれています。そして歩行速度が遅い、速いではなく、経時的な変化(この場合は1年間の歩行速度の変化)が転倒リスクの因子になる可能性も示しているのです。

 

 最近になって、歩行速度が遅くなった夫を見て、妻が家の中の環境を整備しようと思ったのも屋内での転倒リスクが高まることを知っていたからでしょう。また、出かけるときは自分の思う身体機能に過信せず、特に慣れてない、初めて出かけるような場所では転倒に注意させようと思ったのです。

 

 きっと、妻はQuachらの報告にも目を通していたのでしょう。

 

 

転倒の科学

転倒の科学①:健康寿命から考える転倒予防

転倒の科学②:転倒予防のリスクマネージメント① 転倒のリスク因子を知ろう! 

転倒の科学③:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!AGS編 

転倒の科学④:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!CDC編

転倒の科学⑤:有効なバランス能力の評価とは?

転倒の科学⑥:バランス能力の評価を再考しよう

転倒の科学⑦:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

転倒の科学⑧:変形性膝関節症の術後の痛みが転倒のリスク因子になる

転倒の科学⑨:睡眠薬のメカニズムと転倒リスクについて知っておこう

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

Reference

Dargent-Molina P, et al. Fall-related factors and risk of hip fracture: the EPIDOS prospective study. Lancet. 1996 Jul 20;348(9021):145-9.

Kelsey JL, et al. Reducing the risk for distal forearm fracture: preserve bone mass, slow down, and don't fall! Osteoporos Int. 2005 Jun;16(6):681-90. 

Quach L, et al. The nonlinear relationship between gait speed and falls: the Maintenance of Balance, Independent Living, Intellect, and Zest in the Elderly of Boston Study. J Am Geriatr Soc. 2011 Jun;59(6):1069-73.